【現代の蟹工船】大手物流センターの仕分けバイトをした話

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✓ もくじ

  1. 金欲しさに手を出した激ヤババイト「仕分け作業」
  2. 大手配送会社の物流センターで仕分けるだけのバイト
  3. 仕分けバイトを終えた時の思い出
  4. 結論:あれは人間のやる仕事じゃない

金欲しさに手を出した激ヤババイト「仕分け作業」

金に目がくらんで「仕分け作業」に手を出した。
「仕分け」と言ってもいつかの民主党政権がやった「業務仕分け」のことではない。
大手運送配送企業の物流倉庫が東京都内の湾岸エリア(羽田空港線や首都高湾岸線などに乗っていると車窓から見えるところ)がいくつもあって、上京当初で金のなかった私はそこで行われている「夜勤日払いアルバイト 日給12000円」のコピーに惹かれて仕分け作業のアルバイトをやるに至る。
今から20年以上前の話だ。

アルバイト雑誌だったかケータイサイト(死語)だったか忘れたが、当時としては悪くない日給のアルバイト求人に飛びつき、アルバイト斡旋会社に登録に行き、すぐにでも金の欲しかった私は担当者の「今日の夜、入(はい)れる?」との言葉に「入(はい)れます!」と二つ返事で決めた。
その夜早速、その担当者の運転する車で大手配送会社の巨大物流倉庫まで連れて行かれた。
現場に到着して中に入ると、さすがは大手配送会社の物流拠点という感じでとても広かったのを覚えている。

大手配送会社の物流センターで仕分けるだけのバイト

「仕分け作業」とは誰でもできる作業。
アルバイト求人誌の触れ込みや斡旋会社の担当者曰く「誰でもできるカンタンなお仕事」とのことだったが、確かに仕事の内容そのものは、誰でもやろうと思えばできると言っても過言ではない。

配送会社の流通システムは全国でドライバーさんが集荷した荷物を近くの拠点まで集め、そこからさらにそれぞれの送り先エリアの拠点まで移し、そこからさらに送り先へ配達されていく物流ネットワークであることは知られているが、首都圏都心エリアの物流拠点が東京湾岸エリアにある運送配送企業の倉庫群で、この「仕分け作業」のアルバイトたちが当時、日夜ここで精勤していた。


「仕分け作業」の仕事内容とは、ひたすら倉庫に集まった荷物を行き先別にレーンで分けられたベルトコンベアに流していくというだけの、内容自体はシンプルで単純な作業だ。
しかし、荷物というものは軽いものだけではなく重たい物もたくさんあるし、とにかく数が多い。一晩中やっても終わらない、永遠に荷物の波が途切れない。

ポジションはざっくり2種類あり、
・ベルトコンベアの荷物を流し分ける係
・到着したトラックから荷物を下ろしてベルトコンベアに下ろす係
の二つに大別され、時間ごとに交代で両方をやらなければならないのだ。


私が「仕分け作業」のアルバイトをやったのが真冬だったが、それでも作業会社1時間ほどで汗だくに、そして腰に激痛が走り始め、腕が上がらなくなる過酷な作業。
「仕分け作業」はワーキングプアの代表的な仕事で、(当時の)私みたいな凡百なれど金に困った若者か、体にタトゥーの入ったバンドマン崩れみたいなカタギじゃない兄ちゃんしか、これをやろうとする者はいないのである。
もちろん男ばかりの工業高校状態で女性はいるはずもない。

仕分けバイトを終えた時の思い出

夜7時頃入って終わったのが翌早朝。
行きはアルバイト斡旋会社の担当者に車で連れてきてもらったが、帰りは電車で帰宅した。
「仕分け作業」は2時間ごとにトイレ休憩があり、1時間昼食(時間的には深夜だが)休憩があったので8時間か10時間労働だったが、とにかくキツすぎて記憶が一部飛ぶ始末。

一晩中、流れてくる荷物の波に飲まれまいと格闘しているうちに、体力気力ともに限界点に達するかという頃、ついに夜が明ける。
現場のバイトリーダーみたいな人から12000円を現金で受け取る。

バイトリーダーみたいな人から「明日も来てくれるかな?」と言われたが、この仕事の過酷さがあまりに衝撃的で「明日の予定がわからないので改めて連絡します」と言い、その場から逃げるようにその「仕分け作業」の現場から退勤した。

当時の若い体力のある私でもクタクタの疲労困憊、腕や足はパンパン、腰を曲げて作業する場面が多かったためか腰を伸ばすと痛みが走る。
ひたすら荷物とベルトコンベアと格闘していたため体がベルトコンベアに乗せられた荷物になったような感覚に陥り、帰途の足元がふらついていた。地面がコロコロと転がるような感じがして、体が勝手に転倒を防御する反応をしてしまうのだ。船旅のあと陸(おか)に上がった時に似た、船酔いにも近しい感覚だった。

心身ともに衰弱した私は日給の12000円を握りしめたまま、当時住んでいた安マンションに帰宅し、泥のように眠りについた。

結論:あれは人間のやる仕事じゃない

現代ではロボティクス、AI化が進んでいるのでああいった仕事は存在していないはずだ。
仮に存置されているとしても、もう少し要領よく合理的にデジタルトランスフォームされた仕事になっていることであろう。

私がこの「仕分け作業」のアルバイトをしたのが20年ほど前。
上京当初で金に困っていたとはいえ、普通は選ばないアルバイトだ。
「仕分け作業」はとにかくキツイ。
今この年になっては到底無理なのは言わずとも知れているが、若かった当時でさえ相当キツい仕事だった。

「仕分け作業」終わったあとは「二度とやらない」「この仕事は体を壊す」「体を壊しては逆に高くつく」と猛省すると同時に「こんな仕事をしなくても済むような豊かな人生を歩む」と固く決意した瞬間でもあった。
もちろん職業の貴賎の話をしているのではない。
まだこういう仕事は存在しているかも知れないし、そうであってもその職種に就く人をとやかく言う話ではない。
単純に、年を取り、体力も低下、根性もない私には二度とできない仕事だ、という私自身の心の内面の決意を述べたまでだ。

それでも後年になって我が行動を振り返ると「よくあんな仕事を選んだものだ」と快哉さえ覚えるのである。
とりわけ、今こうしてブログの記事にできているからあの頃の自分の行動が曲がりなりにも役に立っている。
そう考えれば、過去のことは後悔しようもないし、あの時は生きるのに必死だった。

いわゆる運送配送会社の配送拠点における荷物の「仕分け作業」のアルバイトとは、現代の「蟹工船」(カニ漁船やマグロ漁船などのハードワークな遠洋漁業の仕事並みにキツイという意味)であり、現代社会の歪みやさまざまな問題を包括するような示唆に富む仕事であったと痛く感じた。

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